10年後、20年後の生命科学研究

10年後、20年後の生命科学研究はどうなる?
生命科学科在学生が2名の教授にインタビューしてきました

生体防御医学研究所 澤 新一郎 教授 生体防御医学研究所 澤 新一郎 教授

 

最初に携わられた研究から現在の研究に至るまで
どのような変遷があったのでしょうか?

もともと研究をやり始めたきっかけというのは今から思い返せば学部生の頃ですね。大阪大学にいた時に基礎の研究室に配属されて、ゼブラフィッシュを使った免疫系の研究に関わっていました。そのころIL6(サイトカインの一種)の下流のJAK-STATシグナル伝達経路(細胞外からの化学シグナルを細胞核に伝える情報伝達系)が下等な動物でもありそうだということが分かっていました。そこで哺乳類のSTAT3(シグナル伝達兼転写活性化因子3)の上流にありそうな様々な分子の配列を変えてPCRで発現させたところ出てきたのが、その時は分かっていませんでしたが、ゼブラフィッシュのIL6の受容体でした。その時、魚にもヒトの免疫系と同じようなカスケードがあると知って感動しました。そこが最初に研究をやっていて面白いなと思ったところですね。

その後2年間小児科で研修をやっていました。そこでは先天性免疫不全症の病態を見て、免疫系が欠損するとヒトは重篤な症状が出るということに衝撃を受けました。

研修後は免疫系に興味を持っていたため大阪大学の博士課程に行きました。そこでSTAT3の活性化が起こるためにはどのシグナル・細胞が大事なのかということを調べると、T細胞やT細胞が活性化するための環境であるリンパ節が重要だということが分かり、リンパ球がどのようにして活性化されるのかという環境を理解することが大事だと感じました。

学位をとった後、腸内の免疫についてはあまり解明が進んでいなかったため、フランスのパスツール研究所に免疫系に興味があるというe-mailを送ったところ、それがきっかけでパスツール研究所に行くことになりました。そこでは腸管の中にT細胞でもB細胞でもない3型自然リンパ球と今では命名されている細胞を見つけました。今でもそこから発展した研究をしています。そのリンパ球は2つ大きな仕事をしていて、1つ目は免疫の組織、末梢のリンパ節を作る発生学的なメカニズムに大事な仕事をしています。2つ目は大人になってからの腸管の上皮が常に健康な状態でいられるようなサイトカインを出すという仕事をしています。前者のリンパ球の働きとして線維芽細胞に働きかけて機能を活性化してリンパ節の原基となるような組織を作るということでそのメカニズムを研究しています。後者の機能については、粘膜の中で3型自然リンパ球が機能するためには周辺の樹状細胞やマクロファージといった細胞とどういったコミュニケーションをして腸管の免疫を維持しているのかを調べています。

10年後、20年後の生命科学研究はどのようになっているでしょうか?

各要素から出てきたデータを統合してそれをAIや数理モデルを通して予測するというサイエンスが少なくともこの先10年の間は主流になると考えています。そこから先はより正確にマウスモデルやヒト細胞を使って情報統合で得られた仮説を証明していくという流れがくると思います。そして、様々な技術ができた時に興味がある分野に対して今まで皆が常識だと思っていたことがより深い精度で理解ができるようになると思います。また、今まではウエスタンブロッティング(タンパク質検出法)や免疫沈降(タンパク質間相互作用の検出法)で分子の働きを、想像を介して理解していましたが、分子の動きをリアルタイムで解明しようという動きは来ると思います。

10年後、20年後、先生が現在専門的に行われている分野は
どのようになっているでしょうか?

こういう条件が整ったら体の中でシグナルが動いてこういった病気になる確率が高くなるという予測をすることが可能になってくると思います。例えば私たちの食事の中で考えてみると、どういった食べ物を食べていると腸内にどの細菌が支配的に増えてしまってより病気になりやすい状態になるかということが予測できるようになると思います。それを是正するためにはこういった食習慣はさけようという対策が考えられるようになると思います。つまり、病気にかかってから対策をするのではなく病気になるのを予防するような方向に(医療の)シフトが進んでいくと思います。また、一見離れたところにある臓器間でのネットワークが高解像度のイメージングで分かるようになると思います。

これからの時代に求められる人材とは ?

生命というのは複雑なものであり、自分の体の中に答えがあるというのが面白く、やっていることが自分を理解するということにつながってくるため、やれることは尽きないし興味も尽きないと思います。そのため、生命科学はとっつきやすくて楽しいと思いますが、上手くいかないこともあると思います。その中で、諦めずに粘り強く考えられる人が一番生命科学研究に向いていると思います。天才的なひらめきよりも少々のことではへこたれずやってみようという考えがいいのかもしれません。


幹細胞再生修復医学分野 新井 文用教授 幹細胞再生修復医学分野 新井 文用教授

 

最初に携わられた研究から現在の研究に至るまで
どのような変遷があったのでしょうか?

私はもともと歯科医師で、歯周病学教室の大学院生でした。歯学部の学部生の時に、歯周病は歯槽骨が溶ける(吸収される)のですが、それに関係する破骨細胞(歯槽骨を吸収する細胞)が血液系の細胞で、造血幹細胞という幹細胞から生み出されるということを知りました。普段勉強していた歯科の内容とは違った、新鮮な内容で「研究」ということに興味を持つようになったことを覚えています。そこで、大学院に進学し、さらに熊本大学の須田年生教授の研究室に国内留学させて頂いて、そこで本格的に破骨細胞が、造血幹細胞からどのようにして分化していくのか、その過程を明らかにしたいと考えて、これをテーマにして研究を始めました。

破骨細胞の分化についての研究は、自分としてはまあまあ良い感じで進めることができました。それから、研究を進める中で、骨髄はどのように形成されるのだろうかと考えるようになり、そこで次のテーマとして、骨を作る細胞(骨芽細胞)について、前駆細胞である間葉系幹細胞からの分化と骨髄形成の関係について研究するようになりました。

さらに、国内留学先の須田先生は造血幹細胞研究ではとても有名な方で、研究室は世界をリードするようなところだったので、私も次第に幹細胞研究に興味を持つようになり、造血幹細胞は骨髄の中でどのように維持されているのか明らかにしたいと思うようになりました。いろいろと試行錯誤を重ねて、造血幹細胞の中でも細胞周期の静止した幹細胞を見つけることができ、さらにその幹細胞を支持している場所(ニッチ)がだんだん分かってきました。そこで、どのようにしてニッチによって幹細胞が維持されるのかということを研究していくと、我々の研究室でクローニングしていたTIE2受容体とその結合因子Angipoietin-1(Angpt1)という分子のシグナルが造血幹細胞の静止状態維持に重要な働きをもつことを明らかにすることができました。その後は、造血幹細胞のニッチで働くサイトカインや接着分子の機能解析を進め、また、骨髄の中に存在している造血幹細胞の支持細胞(ニッチ細胞)を分離して、それらの性質を明らかにする研究を行いました。現在は、ニッチに存在する幹細胞がどのように守られているのかをテーマに研究しています。それから、数学者やバイオエンジニアリングの研究者との国際共同研究によって、造血幹細胞の細胞分裂パターンがどのようにコントロールされているのか、ニッチとの関連を明らかにすることを目指して研究をしています。

10年後、20年後の生命科学研究はどのようになっているでしょうか?

どうなるのでしょうか、想像するのは難しいけど楽しみですね。

私が研究を始めた時と比べると、今は多くのことが変わっています。造血幹細胞とそのニッチについても、たくさんの優れた研究成果が発表されてきました。また、技術的な面での進歩もすさまじいですね。例えば遺伝子の発現解析では、細胞1個のレベルで網羅的な解析ができるようになり、気が付いたらRNA-Seq、ATAC-Seq、ChIP-Seq、○○-Seq、、、(RNAやDNAのシークエンス方法、DNAのクロマチン構造や転写因子の結合領域を網羅的に調べる方法)と言う感じで、どんどん新しい方法が開発されていくのでついていくのが大変です(笑)。遺伝子改変マウスについても、ゲノム改変技術によって、より簡便かつ早いスピードで作製できるようになってきました。技術的な進歩がものすごい勢いで進んできているので、5年後、さらに10年後には、幹細胞研究だけでなく多くの分野で研究が発展しているはずです。

いまは難しくて出来ないことが、10年後には当たり前のように出来るようになり、また、いま分からないことが10年後には常識になっているかもしれません。異分野共同研究もさらに進んでいるのではないかと思います。そうなると、いまよりも多くのこと、もっと難しいことに挑戦できるようになるのではないかと思います。楽しみですね。でも、競争がますます激しくなり、別の意味で研究が難しくなるかもしれませんね。

10年後、20年後、先生が現在専門的に行われている分野は
どのようになっているでしょうか?

いま言ったように、技術が進みテクニカルな制限がどんどん解除されていくことで、色々な面で研究は進んでいくと思います。例えば、造血幹細胞研究を試験管の中で増やすということは、大きなテーマの1つですが、増やすだけなら、iPS細胞を使って幹細胞をつくり出すことで対応出来るようになっているかもしれません。でも一方で、造血幹細胞はどうやって自己複製するのか?あるいは、どのような仕組みで維持されているのか?というような根本的な疑問は解決せずに残っているかもしれないと思っています。

それから、基礎的な幹細胞研究の成果を、例えば、抗老化やがん治療、再生医療などの臨床応用に結びつけることが必要ですが、知識を深めるということとは別に、やはり実際に研究の成果を応用するという方向性が現在よりもさらに強くなっているのではないかと思います。

これからの時代に求められる人材とは ?

研究が好きっていうことはベースとして必要ですが、やっぱりコツコツ続けていくことが大事だと思います。実験は失敗することが多いけど、たまにうまくいくこともあって、それをどんどん積み重ねていくのが楽しかったりするんです。だからそのためには、コツコツやって、さらにいろんな方向から物事を考えて、着実に進めていける人がいいですね。まあ、早くて上手くいくのが一番いいかもしれないけど、なかなかそうもいかないので。挫けずにやっていける人が必要なのかもしれません。あとは、多少の運ですかね(笑)。

それから、ありきたりですけれども、色々な場面での人との繋がりが大切なので、まわりの人たちとしっかりコミュニケーションがとれることも大事だと思います。