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教授からのメッセージ

インタビュー
研究者を志されたのはいつ頃ですか。

 自然豊かな長野の田舎で育ち、幼い頃から虫取りや魚釣りと、生き物には慣れ親しんでいました。 小学校では、毎年やった自由研究の中で、「モンシロチョウの成長記録」が今でも印象に残っています。 モンシロチョウがキャベツの葉に卵を産む瞬間を見つけ、葉ごと卵を持ち帰り、孵化してから蛹、成虫になるまでの観察を行ったのですが、とても神秘的に感じました。
 当時はバイオテクノロジーという言葉がようやく出てきた頃でした。両親も地元では手に入らなかった科学書を、遠方まで買いに連れて行ってくれました。育った環境とも相まって、だんだんと生き物と生物学に興味を持つようになったと思います。
 小学校の高学年になり、両親から研究者という職業があることを教えてもらい、「好きなことを職業にできる。」という点をとても魅力的に感じて研究者を目指すことにしました。

九州大学大学院医学研究院 / 基礎医学部門  今井 猛教授
先生は理学部のご出身ですが、その理由を教えてください。

 研究者になるというのは決めていましたので、何の研究をするかということを考えました。中学では化石を拾ってまわったり、高校では化学の実験を行ったりして、研究っぽいことは続けていました。いろいろやってみた結果、やはり生物学研究が一番面白いと思いました。生物学をやるにしても理学部、農学部、薬学部、医学部といくつか選択肢があるのですが、私の場合、医学部と理学部の2つで迷いました。

 周囲からは医学部を薦められていましたが、高校3年まで迷った末に、臨床医になるつもりはなく、「より研究に没頭したい。」という気持ちが決め手となり理学部へ進学することに決めました。

 今、医学部に教員として着任する機会に恵まれ、 医学部を卒業して研究者になることの利点も感じています。それは、ヒトの体について体系的に学び、ヒトの病気、病態についても学べることです。肉眼解剖実習なども、他の学部ではまずありえません。基礎研究を行う上でも、その研究がどのようなことに役立つのか、イメージできるのとできないのとでは違いますし、研究のアプローチにしても、病気など、ヒトの体について良く知っていることは研究者として大きな強みになると思います。

どのような学生時代を過ごされましたか。

 九大でもそうであるように、入学してから最初は教養科目を学びました。東大では1年半が教養課程になっていました。語学や化学、生物などの必修科目の他は希望する講義を自由に受講することができました。経済学や法律、哲学、そして特に物理学は高校の時と比較にならないくらい専門的な内容で面白かったです。今まで触れる機会がなかった学問を学べ、とても視野が広がったと思います。

 その後、専門の学科に進級するのですが、私は理学部の生物化学科に進みました。1学年20数名と小さいながら、「生物系で研究者を目指すならここ」といわれていた花形の学科で、東大の中でもとりわけ優秀な人たちが集まっていました。学科のみんなは志も高く、授業外でも英語の教科書の輪読会をやったり、夏休みには他の研究所に行って研究体験をさせてもらったりと、お互いに刺激し合い、高めあうことができました。教養の講義も面白かったのですが、それにも増して3、4年の講義は楽しく興味深いものでした。

 中学、高校で抱いていた研究者のイメージは、「長い下積みを経てから一人前になる」というものでした。しかし、生物化学科に入り、先生方のお話を聞いて、研究に新人もベテランもないということを知りました。それは、自分のアイデア次第ですぐにでも世界のトップに躍り出ることが可能であったり、すぐ隣のベンチで行われている研究が、明日世界の最先端となりうる世界だということです。 学生だからといって引け目を感じる必要はない、そうなると頑張らない理由はない。研究の世界の無限の可能性を知って、目を開かれたような気持ちになり、また、同じ志を持つ同期の仲間に出会えたことも刺激になり、研究の世界にどっぷりとつかっていきました。

現在の専門に進まれることになったきっかけを教えてください。

 私は神経回路に関する研究を行っています。学部生の頃に何をやるか随分迷ったのですが、一番分かっていないことが多く、チャレンジングなテーマが良いのではないかと思って神経回路の研究をやろうと決めました。

 学部から大学院に至るまで、私は坂野仁先生の研究室で研究を行いました。当時、坂野先生はアメリカの教授を辞めて帰国し、東京大学の教授に着任されてからまだ数年というところでした。変人揃いの理学部教授陣のなかでもひときわ異彩を放っており、その大物感に惹かれたというのが坂野研究室の門を叩いた理由のひとつです。

 坂野先生は何でも良いから「オモロイ研究」をしなさいと常日頃からおっしゃっていました。個性を尊重してくださる先生でしたが、やる前から結果が予想できるような優等生的な研究を提案しても「そんなんやってもオモンないやろ。」と一刀両断にされました。かといって、答えも代替案も示してくださるわけではありません。私も研究テーマを考えるのに学部4年の途中から半年くらいかかりました。アイデアをノートに書き留めたり、ラボの先輩や先生とディスカッションを繰り返したりして深めて、修士1年の途中で坂野先生に「この研究をやります。」と伝え、取り組み始めました。

 匂いの情報というのはヒトで約390種類、マウスで約1,000種類の嗅神経細胞によって受容されています。これほど多くの種類の神経細胞の軸索がどのようにして脳に正確につながるのかという問題は、いろんな研究者が知りたいと思いながらも、長年の間何の手がかりも得られずに残っていた難問でした。ノーベル賞級の研究者たちの挑戦を阻んできた課題に取り組むことについては、若干二の足を踏みました。しかしながら、「坂野先生はこれくらいのテーマでないとGOサインを出さないだろう」と思ったので、このテーマに挑戦することに決めました。

大学院での研究について教えてください。

 もともと、「自分が考えたアイデアでその問題を解明できるんじゃないか」と思ったから始めたのですが、大学院での研究は坂野先生の反対から始まりました。坂野先生は研究テーマには賛成してくださったのですが、私の仮説については「そんな訳がない。だいたいこんなアプローチは嫌いや。」と言って認めてくれませんでした。私としては、時間をかけて練った研究構想であったし、「これで解明できるはず」という確信もあったので、結局ボスの反対は無視することにして、勝手に実験を始めました。最初こそ反対されましたが、今から思えば、そこを黙認したところがボスの偉大なところです。後年、「自分が正しいと思ったらボスを殺してでもやり遂げるという気概がなきゃダメだ」、という迷言も残しています。私は試されていたのかもしれません。それから1年後に、私のアイデアが正しいことを示す最初のデータが出てからは、文字通り好き勝手に研究を進めさせてもらいました。しかし、ゴールが見えた8合目から10合目あたりが本当の苦難でした。論文としてまとまるまでには、5年余りかかりました。

 最終的に論文は一流誌に受理されたのですが、その頃は喜びよりも「やっとか」というのが正直な感想でした。やり遂げたことの意味を実感できたのは、論文掲載直前に海外の学会で初の口頭発表を行った時でした。1人で乗り込んだので知人もおらず、無名のアジア人学生が決して上手とは言えない英語で発表を行ったわけですが、海外の著名な研究者から最大級の賞賛を頂くことができて、ようやく「この瞬間のために研究をしてきたのか」という感情が沸いてきました。

研究者として大切だと思われることを教えてください。

 まずは研究に夢中になれること、「楽しい!」と思えることが重要です。研究をする上では、試験の成績は全く関係なく、そして教科書の内容をつぶさに知る必要もありません。それよりも大切なのは、自分なりの着眼点で物事をとらえ、アイデアを出すことができるか、そしてそれに執着し続けられるか、という点である思います。

 それから、メンタルがタフで前向きであることも大切です。 大学院での私の研究はボスの反対を押し切って始まりました。結果が出てくるまでの数年間は、周りにボロクソに言われて弱気になることもありましたが、「これでいける」という自分の信念にのみに従って研究を続けました。諦めたらそこで試合終了です。今では「今井君には感謝している。」と坂野先生に言って頂いています。研究者として一番不幸なのは、疑問に思いながらも誰かのいいなりになって研究を行い、上手くいかなかった時にそれを他人のせいにしてしまうことです。結果は常に自分に返ってきます。何ごとにおいても、「最終的に信じられるのは自分自身」、「常に自分で選択してその結果に責任を持つ」という意識を強く持つことが、良い仕事をし、充実した人生を送る秘訣だと思います。

現在のやりがいと目標を教えてください。

 九大の前は、理化学研究所で働いていましたので、九大のような教育機関に着任し、また違ったやりがいを感じています。

 医学部なので研究者よりも臨床医になる学生さんの方が圧倒的に多いのですが、それでも講義などを通して彼らのモチベーションやポテンシャルを引き出すことにはやりがいを感じています。また、研究室においては、研究の真の進展というのは人の成長なしには起こりえないと思っています。人が苦悩しながらも殻をやぶって次のレベルへと成長していく様を見ることができるのは、ボス冥利に尽きるとしか言いようがありません。そして、願わくば、世界で活躍できる研究者を1人でも2人でも育成したいと思っています。学生時代の友人の中には海外の恵まれた研究機関で活躍する人も多いのですが、私が九大で教員をやっているのは、大学院時代に高い目標に向かって自由にやらせてくださり、研究者としての基礎を固めてくださった恩師や日本の大学への感謝の気持ちがあります。そして日本発にこだわりたいという思いもあります。それぞれの個性を伸ばしながら、研究の世界で自由に羽ばたける学生を育成したいと思います。

 もちろん、これからも研究で世界に向けて発信していきたいというのは言うまでもありません。どんどん新しいことが分かってきていますが、「脳の複雑な神経回路が作られる仕組みを理解したい」、という学生時代の目標はまだ完全には達成できていません。九大医学部だからこそできたと言えるような研究成果を出していきたいと思っています。

最後に学生さんにメッセージをお願いします。

 大学は、同じ志を持った生涯の友人と出会える素晴らしい場所です。よく学びよく遊んで、人生の礎となる人間関係を築いていってください。少し前に、米国の高名な研究者が若者向けにされた講演の中で、大いに賛同できるメッセージがありました。それは、「自分より賢い人と友人になりなさい。」ということです。自分がすごいと思える部分を持った人達に囲まれ、互いを高めあえるような人間関係を築くことが、今後の成功と充実した人生の秘訣です。

 それから、学生のうちに出来ることをいろいろやってみてください。新しい学問に触れてみる、アルバイトをしてみる、海外に行ってみる、なんでも構わないのですが自分の視野を広げることを意識して日々を楽しんでください。

 研究者を目指す人向けになりますが、学生であっても、ひとたび研究を始めたら遠慮なくトップスピードで駆け抜けてください。人生長しといえども、純粋に研究だけに打ち込める期間というのは実はとても限られています。20代までは体力も情熱もあふれんばかりにありますし、先入観にとらわれず、斬新なアイデアを思いつくことができます。自信過剰で勢い余ってボスと喧嘩しても笑い話で済みます。その貴重な時間を無為に過ごすことはとても惜しいことだと思います。思う存分研究に没頭してください。

今井教授について

今井 猛 教授
医学研究院 基礎医学部門 生体情報科学講座 疾患情報研究分野
福岡は海も近いことがあり、たまに海釣りを楽しんでいます。釣りは工夫を凝らして功を奏す時もあれば、いくら粘ってもダメなこともあります。自分でどうしようもないことに対峙することが面白く、その部分では釣りも研究も似ているなと感じられるそうです。

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