教授からのメッセージ

教授からのメッセージ

Interview

医師を志されたのはいつ頃ですか。

 母方の祖父が非常に頭の良い方で尊敬していました。その祖父が、医師になりたかったが様々な事情から断念していたことを母から聞いていて、なんとなく「医師っていいのかな。」ということが頭にありました。
 明確に意思を固めるきっかけになったのは、私が小学校5年生の時に母が子宮頸がんになったことです。幸い回復出来たのですが、このことであり医師になることを決めました。 
 

どのような学生時代を過ごされましたか。

 学生時代は医学部の弓道部に所属して弓道に打ち込んだり、友人と当時流行っていたテレビゲームに興じるなど若者らしく大学生活を謳歌していました。「講義は毎回欠かさず真面目に出ていました。」とは言いませんが勉強もほど良くやっていました。学びたいことや疑問があると教授の部屋を訪ね教えて頂き、試験前は特にしっかりと取り組みました。
 

現在の専門に進まれることになったきっかけを教えてください。

 私は疫学の研究をしています。九州大学は久山町と協力して1961年から久山町の住民を対象に脳卒中、心血管疾患などの疫学研究を行う久山町研究を行っています。私がこうなるまでには紆余曲折があったのですが、それぞれの岐路で先輩のアドバイスを聞きながら、自分に必要だと思うことを選んできました。

 私は医学部卒業後、研修医を経て、腎臓内科医として勤務していました。腎不全患者さんの治療にあたる中、腎炎や子宮体腎炎など、免疫が関与する腎炎が多いことに気がつき、免疫について研究するため大学院へ進学し、生体防御医学研究所の野本 喜久雄教授に師事しました。免疫研究で博士学位を取得した後、再び臨床の現場に戻ったのですが、実際の臨床で血液透析の原因として多く目にするのは糖尿病性腎症であり、また合併症も重症な方が多い状況でした。そのため、非常に単純な発想なのですが、「糖尿病を予防することができたならば、透析患者の数を減らすことができるのではないか。」と思い、久山町研究所の研究室主任でいらっしゃった清原裕教授に疫学研究と予防医学について学びました。

 その後、2006年から2009年まで介入研究について学ぶため、オーストラリアのシドニー大学ジョージ国際保健研究所に研究留学しました。ジョージ国際保健研究所は世界中の研究機関と共同研究を行っている研究所で非常に勉強になりました。一度帰国したのですが、研究所からのお誘いもあり、2013年に再び同研究所へ赴きました。その後、様々なご縁があり、衛生・公衆衛生学分野教授として九州大学に着任させて頂いて今に至ります。

現在の研究について詳しくお聞かせください。

 私は、地域住民を対象とした疫学研究(前向きコホート研究)を行っています。ある一定の地域社会や特定の人間集団に関し、治療などの介入を行わずに、対象者のあるがままの健康状況を調査して、そのデータから共通項を探りながら規則性を見出して、病気の危険因子、発生頻度などを明らかにしていく医学研究です。対して、留学先のジョージ国際保健研究所で行っていたのは介入研究と呼ばれるもので、必要な患者さんに投薬などを行い、その効果などを検証する臨床研究です。なお、大学院では、マウスや細胞を用いた基礎研究を学ばせていただきました。この時の経験は、現在の疫学的知見の生物学的意義を理解する上で役立っています。

 腎臓内科医、基礎医学研究を経験してから久山町研究へ異動した当初は、疫学研究が今までと勝手が違うことに戸惑いもありました。ですが、いざ研究を始めてみるとこれがとても面白く夢中になりました。久山町研究は、1961年当時、世界と比較して日本の死亡率が高かった脳卒中の実態解明を目的に、久山町の協力のもと、全国平均とほぼ同じ年齢、職業分布であった久山町を日本のモデルとすることで研究が始まりました。私が久山町研究に異動したときは、脳卒中についての研究はひとつの段落を終えて、新たに社会の課題となっていた認知症の実態解明についての研究が始まっていました。膨大なデータから同定を行って危険因子を探っていく研究は、当然ながら簡単なものではありません。だからこそ研究の意義がありますし、そこから得られた成果が世界初であると更に面白い。一人の研究者としてやりがいをその様に感じていました。

 今、ポジションが変わり久山町研究所の主任となってからは、疫学研究がいろんな研究と連携することで、様々な分野に発展できることを知るにつれて更に面白いと感じます。例えば、疫学研究で「牛乳を飲む習慣を持つ人にはこんな健康効果がある。」ということが判明します。そうすると農学の基礎研究者は「牛乳のどの成分がどういう作用をしているのか。」というメカニズムの解明をはじめるのです。そうして解明されたメカニズムを基に今度は臨床医学研究者が、「それを利用して人の役に立つためにはどうするのか。」という研究に着手します。創薬研究もはじまるでしょう。こうして得られた研究成果は人々に還元されます。人にはじまり人に終着する、この大きな研究の循環の発端が疫学研究であることを体感して、疫学研究の持つ発展性を面白く、研究の意義を感じています。
 

今までの軌跡の中で印象的であった出来事をお聞かせください。

 私が幸運であったのは、尊敬できる先輩方に出会えたことだったと思います。まずは研修医時代から腎臓内科医として駆け出しであった時期に指導をしてくださった久保 充明先生。久保先生は、臨床医としての恩師であると同時に私に疫学研究への道を拓いてくださった方です。また、友岡 卓先生は腎臓内科で勤務していた私に「基礎医学研究の経験も積んで、知見を広げた方が良い。」と、免疫研究の野本 喜久雄教授の研究室へ誘ってくださいました。言わずもがな、久山町研究では、清原 裕教授が、大学院では野本 喜久雄教授が、研究に対して未熟であった私に研究指導をしてくださったおかげで今があります。

 素晴らしい方々と出会うことが出来たその影響で、人や事象に関してリスペクトを持つという基本的で重要なことを身に着けることが出来ました。異口同音にそれぞれの先生が口にすることがあります。それは「立場が強くなった時ほど、後輩やスタッフを大事にし、育てていくことを心がけなさい。」ということです。私を育ててくださった先生方は、悪いところをきちんと指摘してください叱ってくださいました。厳しいお叱りのこともありましたが、「その人をいい方向に導こう。」先生の思いやりが感じられる御指導でしたので、とても優しく温かい人だと思い、自分もそういう人になりたいと憧れました。そういった先輩方に出会えたことが私にとって幸運でありましたし、今の私の財産となりました。
 

現在のやりがいを教えてください。

 公衆衛生学、疫学研究は社会医学として分類されます。社会医学は人の社会における医学についての研究を行います。疫学研究の成果を人々に還元するには、一般の方々にわかりやすく啓発するということが必須となるのですが、現代でいうとそのツールとしてITが欠かせません。「ひさやま元気予報」がその例の一つです。また、社会を動かすということは行政とも深く関わっていくことになります。情報の流布もそうですが、人々が健康であることは医療費の削減に直結しますし、地域社会の活性化にもつながります。こうして医学以外の各分野や、行政などの社会とつながりながら貢献できることが、社会医学ならではの意義だと思いますし、疫学研究という見方によってはぼんやりとした研究分野が、影響力や可能性を持って各方面へ派生していくことに、疫学研究者としてのやりがいを感じます。

 また、大学院生をはじめとした先生方の指導も大切であると考えています。自分がそうして育てられたように、特にディスカッションに重きを置いた指導を行っています。博士になっていく人たちなので、繰り返しディスカッションを行うことによって、論理的思考を鍛え、知識を厚くしていきながら、研究者としてもっと高みを目指していってくれることを期待しています。そして、本当に勉強をしたい人が集まり、一体となって高めあえる関係性も持てる場を作りたいと思います。私の研究室がそうなれればいいと思いますし、私の研究室での出会いが、その人にとって良い影響を与えることを願っています。
 

最後に学生さんにメッセージをお願いします。

 大学生になったことの意味を感じてください。皆さんは勉強をする目的で大学へ進学されました。ゆっくり勉強できるのは学生の間だけです。講義は出席することが目的ではなく、その分野を理解するためにあると思います。図書館などで独学で勉強してその分野を理解できるのであれば、それは人それぞれでもいいかもしれません。ただ、独学でも勉強しつつ、その分野の専門家の話を聞くとより理解が深まるとは思います。また、教科書や講義で教わることは、その分野の基本的な事にしか過ぎません。教科書に書かれていることや常識といわれていることに疑問をもつことが研究の切っ掛けとなることがあります。自分の答えを自分で導いていくことが本当の勉強であり研究だと思います。大学に入学した皆さんはそのスタートラインに立っています。

 なお、人生は自分のスケジュール通りには運びません。今後、自分の思い通りにならないことも多々あるでしょうが、腐ることなく、自分に課せられた仕事を真面目にしっかりとやることをお勧めします。私の場合も、いずれの経験も無駄なものはなく、すべてがつながって今に活きています。寄り道や回り道になったとしても、常に尊敬の念を持って真摯に取り組むことによって、それが後の自分を底上げしてくれるものになります。経験、知識、出会った人、機会に応じてそれらから自分に必要なものを学び取り、自分のスタイル、人間性を育てていってください。
 

二宮教授について

二宮 利治 教授
医学研究院 基礎医学部門 社会環境医学講座 衛生・公衆衛生学分野
趣味は釣り。福岡は海が近いこともあり、たまに海釣りを楽しまれているそうです。予測したとおりに運ぶこともあれば、良くも悪くも予測から大きく離れた結果になることもあるそうで、観察して考察してその理由を考えてみるという点で、釣りも疫学研究も通じる部分があると感じられるそうです。
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